「 台湾の教育事情と酷似する状況下、総選挙で問いたい日本の教育改革と憲法改正 」
『週刊ダイヤモンド』 2003年11月1日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 516号
総選挙間近である。政権選択といわれるように、今回は自民党を軸にした政権か、民主党を軸にした政権かを具体的に考え、選ぶことのできる環境が整っている。小選挙区制の下での3回目の選挙で、決して十分とはいえないが、それでも政権選択を現実的可能性として模索することができる状況だ。
自民、民主ともに長短ある。政権公約を読むと、課題ごとに両者の優劣が入れ替わるのだ。そんな折、台湾で李登輝前総統に取材する機会があった。2時間にわたって語られた内容は、そのどれもが日本の現状と重なるものだった。とりわけ私の注意を引いたのが、台湾人の意識の問題である。
周知のように、台湾の国民党政府は、1949年に中国共産党軍に敗れた蒋介石らが大陸から逃れてきて樹立したものだ。以来半世紀あまり、台湾人は中国人としての教育を受けてきた。国名は中華民国。領土は、台湾をはじめ全中国大陸を支配する、という虚構のうえに成り立つ。
「われわれはすでにこの虚構を捨てました。台湾は台湾であり、中国は中国です。台湾と中国の関係は、独立した国と国との関係なのです。だから、9月に国名を台湾とする集会を持ちました。予想を超える15万人が集いました」
李前総統は、「台湾は台湾人の国だ」と強調する。だが、来年3月の総統選挙では、現職の陳水扁総統の再選が確実なわけではない。対立候補の連戰氏や宋楚瑜氏らが、大陸系中国人の血を引くのに対して、陳総統は台湾人である。にもかかわらず、支持は多くはないと見られている。なぜか。
「教育です」と李前総統。
「蒋介石政権下では、徹底して中国化教育が国民に施されました。歴史はもっぱら中国の歴史。地理も、台湾の子どもたちが見ることも行くこともかなわない中国大陸の地理を教えてきました。言葉も文化もすべて中国のもの。台湾人のアイデンティティが失われてきたのも当然です」
結果として、何が起こったか。学生たちに「お前は何者なりや」と尋ねると、「台湾人であり、中国人」と答える学生ばかりになった。程度の違いはあれ、おとなたちにも共通する傾向なのであろう。だからこそ、陳総統は台湾人の現職総統でありながら、このままいけば、中国系の候補者に敗退しかねない状況なのだ。
現状を憂慮した台湾の人びとは、子どもたちに台湾人としての意識を持たせようと教育改革を始め、「認識台湾」という教科書を作成した。かつて小欄でも報じたが、内容は、文字どおり、台湾そのものを識(し)らしめるものだ。歴史も地理も、文化も自然も、民族も、すべて台湾を基礎にした同教科書は、四年前に導入された。
この教科書を通して、台湾人としての自覚と、台湾への愛が育っていくと、私は考えていた。
「ところが、各地の教育委員会がこの教科書を採択しないのです」
李前総統の指摘は日本国内の教育事情への指摘かと一瞬考えたほど、日台の事情はよく似ている。台湾人の中国化教育は日本人の米国化教育、日本否定教育と通底するのだ。だからこそ李前総統は「李登輝学校」を創設し、台湾人の自己認識を育てる教育を実践し続けている。急がば回れを信じて、ひたすら人材の育成に努めている。
李前総統は私たちに、非常に重要なことを告げている。国家は国民がつくる、だから国民教育を誤ってはならないと。自国の文化文明、“己”というものを置き去りにした教育は間違いであると。
戦後の日本は、長くこのことを置き去りにしてきた。だからこそ、子どもたちの教育と、戦後、米国化してしまった日本の立て直しを、今回の選挙で私は問いたいと思う。教育改革と憲法改正をいかに進めてくれるかを軸に、私は選びたいと考えている。